「環境問題」の本当の問題を知る

2011-10-31

環境というのは、混んでいる電車に乗ったら、みんなのために自分が降りることだ、と言えます。これには次の意味があります。それは、環境を良くするということは自分自身に痛みを伴うことだ、ということです。もう一つは、いくら、自分が降りるべきであると言っても、自分だけがいつも降りているわけにはいきません。痛みは電車に乗りたい人が全員で分け合うことが大切です。このことをテレビや自動車を例にとりますと、このことが意外に難しいのです。「テレビの材料をリサイクルできるようになった」「ガソリン消費量が少なくなったので、ガソリンスタンドに行く回数が減る」ということに家電メーカーや自動車メーカーは努力します。それ自体は悪くはありません。しかし、リサイクルができて材料の使用量が減れば、家電メーカーは困りませんが、そのメーカーに材料を納入している会社は困ります。もし、そのメーカーが3回材料を使えば材料を作っている会社の売り上げは3分の1になります。また、ガソリン消費量の少ない車を作れば、ガソリンは倹約できますが、ガソリンスタンドの売上高はそれだけ下がります。この2つの例は、「混んでいる電車に乗って、混んでいるからという非難の声があがったので、力ずくで他人を降ろす」ということに似ているのです。