日本でのプラスチック廃棄物問題

2011-09-16

日本には昔からセルロイド、エボナイト、ベークライトというようなプラスチックに近い合成高分子物質がありましたが、一九六〇年代中ごろから石油化学の台頭と並行して、塩化ビニール、ポリエチレン、ポリスチレンなどのナフサを分解して重合させたプラスチックが急速に普及するようになってきました。何しろ当時は見込める需要量の一〇〇%以上の生産が一つのプラントで達成されてしまうような工場が各地に建設されたので、製品を売りまくらなければならないことになってきたのです。都市ごみには一九六五年ごろから混入してくるようになり、私たちはそれらが燃焼するとどうなるかを調べてきました。そのような状況のなかで一九七〇年に大阪で万国博覧会が開催されることになり、会場でプラスチックトレイや容器を使いたいということになりました。当時、大阪市から猫西氏が万博協会に出向して、衛生上の問題をチェックしていましたが、食堂などでの容器包装にプラスチックを使うことに疑問を持ち、私たちにも相談されました。「塩化水素が出るし、カロリーが高くて既存の焼却炉では対応できないのではないか」といっていましたら、業界の希望を押し切って、会場内でのプラスチック容器使用を禁止されたのです。それが日本でのプラスチック廃棄物問題の火付け役になってしまいました。